ポーランド(POLAND)
15日間で7ヶ国の旅、3ヶ国目はポーランド。
★4日日(午前ブラチスラバ滞在、午後ポーランドのクラクフへ移動)
14:54ブラチスラバ⇒15:54ブジェツラフ(チェコ)
16:08ブジェツラフ⇒19:57カトヴィツェ(ポーランド)
20:30カトヴィツェ⇒22:19クラクフ
スロバキアを後にしてポーランドのクラクフまで移動。ブジェツラフまでは問題なかったが、ブジェツラフからカトヴィツェへの列車が途中から遅れだし、カトヴィツェに到着したのが20:30少し前。クラクフ行きの列車が行ってしまう。。思いの外大きい駅で、乗り換えホームもよく分からないため必死で駅構内を駆けずり回ったが、幸か不幸かクラクフ行きの列車も遅れていた。。結構遅延が目立つねえ。ここまで4本中、実に3本が遅れている。何はともあれ無事にクラクフに到着。事前に予約したホテルの場所も曖昧で心配だったものの、こちらも無事に発見してチェックインできた。
★5日目(アウシュビッツ、クラクフ)
この日はこの旅前半のハイライト、アウシュビッツ強制収容所である。バスに乗って約1時間半で到着。ここでは唯一の日本人公認ガイドである中谷氏にガイドをお願いした。入場は無料、広大な敷地なのだが、ポーランドが国家予算で運営しているとのことである。天気は快晴で暑いくらいだったのだが、施設を見て回るうちに寒気がしてきた。まさに負の遺産という奴ですね。ほんの70年程前の出来事というのが信じ難い。歴史は繰り返すというが、繰り返してはいけない歴史もある。それを考えたり、学んだりするには格好の場所だと感じた。そういえば、広島の原爆ドームも行かないと。。
★6日目(クラクフ滞在、夜行列車でチェコのプラハへ移動)
22:15クラクフ⇒6:00プラハ
この日はポーランド最終日。夜行列車でプラハに移動するため、終日クラクフの街をブラついた。クラクフは昔はポーランド王国の首都として栄えた街で、中世の佇まいが残っている(第二次世界大戦ではドイツ軍の司令部があったため、戦災を免れたとのこと)。旧市街の中心にある中央市場広場近辺やヴァヴェル城、旧市街近くのユダヤ人街などをほっつき歩いた。ただ、それ程大きな街ではないので、夕方くらいから時間を持て余してしまった。。夜行列車はどういう感じなのか分からなかったのでセキュリティ面で不安だったが、自分だけの個室だったので安心した。
※アウシュビッツの超有名な「働けば自由になる」門
(後日盗難に遭ったそうだが、無事に発見されたそうな)
※これまた有名な引込み線と死の門
※収容施設とそれを取り囲む電圧線
※演出ってやつですかね
※アウシュビッツを訪れていた、イスラエルの国旗を掲げるユダヤ人ご一行様
※クラクフにあるヴァヴェル城とその側を流れるヴィスワ川
※古都クラクフの街並
※日本語塾のポスター発見